怪訝に思い向けた視線の先に――
人が、いた。
上半身を壁に預け、足を投げ出した格好で階段に座り込んでいる、若い男。
特に驚いた様子もなく、感情の見えない
卓悅目をこちらに向けている。
この寒さには不釣合いな薄着をしているのは何故なのか。恐らくまともに雨に降られたのだろう、耳にかかる髪は濡れている。
五秒か、十秒か、それ以上か。目が合ったまま、互いに動かなかった。
先に沈黙を破ったのは、相手の方だった。
「おにーさん、俺とセックスしない?」
緩慢な口調とは対照的に、その顔はひどく悲しそうに見えた。
「何やってんだ……こんな所で」
男の発した突拍子もない言葉に呆気に
卓悅取られつつも、桐谷はまず至極当然の疑問を口にした。何か特別の事情がない限り、こんな寒い日にこんな場所に座り込んでいる理由は無いはずだ。
しかも文字通り、濡れ鼠で。
「…雨宿り」
ゆっくりと返ってきたその声は、細く掠れていた。
「…風邪ひくぞ。ガキは早く帰って寝ろ」
そう静かに言った桐谷に、男が口元だけで小さく笑った。
、部屋に入るのは簡単だった。
そもそも今夜は疲れている。一刻も早く風呂に入って寝たい。
見知らぬ男に構っている理由も暇も、桐谷には無いはずだった。
けれどそうすることが出来なかったのは恐らく、男の見せた笑みにあまりにも力がなかったからだ。
視線を落として笑ったその顔は白く、生気
卓悅が感じられなくて。
このまま放っておけば、この雨に掻き消されてしまう。柄にもなく、そんな気に駆られた。
――どうかしている。